はーでーしーなぐー [ツーリング(R1200RT)]
前回の記事のつづき。
久慈駅近くのビジホに宿泊。
21時頃には寝てしまったせいで、翌日(10/8火曜日)は
3時頃に目が覚めてしまった。
カーテンを開けて外を見たら…
…当然真っ暗だわな…
せめて明るくなるまでは…と思い、
昨夜買っておいたパンを食べてゆっくり準備。
5:30頃チェックアウト。
☆
早朝の久慈駅。
そして駅に佇む三陸鉄道の車両。
これだけ記事書いておきながら、列車に関しては
やーっとこさの登場がこれだけ(笑)
そのくらい自分の記事に『鉄』要素は少なかったり。
はい!ここで本日のザックリとした予定。
久慈駅ターミナルを出発
三陸海岸沿いに、宮古まで南下(約100km)
宮古から盛岡南ICへ(約100km)
盛岡南ICから自宅へ(約850km)
これを走破して、翌日は朝から仕事だ (ぐはっ)
考えるとゾッとするんで、この時は意識して考えないようにしていたけど。
野田の海岸線沿いに出ると、本来R45からは
見えてはいけないはずの波打ち際が見える。
これが何を意味するかは、あえて書くまでも無いだろう。
RTのすぐ向こう側に、柵も踏み切りも無い線路は三陸鉄道 北リアス線。
ほとんど震災の爪あとの、実写描写の無かった『あまちゃん』でも
お座敷列車の車窓からほんの数秒出てきた、実際の爪あとだ。
その野田の美しい海岸線を見下ろせる場所。
新しい防波堤を作る工事も粛々と進んでいるようだ。
普段の海は、こんなにも穏やかなのにね。
海沿いの道は、ダンプも多く路面は砂が浮いているところが多い。
路面状況の判りにくい夜間の走行は、まだまだバイクでは危険だろう。
実際、RTのASCが働いた場面も数回あり。
前の記事でも訪れた、堀内駅近くの陸橋。
そしてしばらく走ると、三陸鉄道のポスターとかでも見かけるところ。
ポスターではこの橋の上に車両が写っている。
三陸鉄道って、こういった景色の良いところでは、
車両を一旦停車するサービスもしてるらしいよ。
☆
R45を普代まで来たら、内陸部を走るR45とは、いったんお別れ。
極力海岸線を走るために、K44へ。
これは普代水門といって、3.11の津波にも耐えたのだそうだ。
そこにあった石碑
このメッセージは、けっして津波に対してだけでは無いだろう。
普代水門を海側から。
そしてその先にひろがる、恐ろしいくらいに穏やかで美しい海岸線。
このあたりは、比較的津波被害も少なくすんだのかな…
すこしホッとした気持ちで、K44をひた走る。
かなりの快走路だ。
が、そのホッとしたような気持ちは
ほんの少し先に行くだけで、この歩道脇の柵のように
へし折られてしまった。
この写真を撮った位置から、はるか下に見える
壊れた防波堤が悲しい。
この防波堤も、実は『あまちゃん』のなかで
震災後にアキがバスで戻ってくるときの車窓から映る。
同じ場所から上り坂の前方を見ると、まだ先までなぎ倒された柵が…
海面からの高さを考えると…絶句。
TVニュースやYouTubeで、どれだけ見たってこのスケール感は解らない。
実際にその場に立ち、驚き、
当日、目の当たりにされた方の
恐怖たるや いかほどのものであったか。
☆
なんだか心の中に、ズドーンと重いものを感じながら先に進む。
軽い気持ちで海沿いを走ろうと思った自分を
恥じるような気持ちすら感じていた。
三陸鉄道のようだが、これは水門。
壊れた防波堤や、草の生い茂った空き地ばかりでもない。
下の写真は『あまちゃん』では震災直後、トンネル内で停車した列車から
外の様子を見に行った、大吉とユイが目の当たりにした場所。
『カルボナード島越駅』
すでに来年の開通に向けて、復旧がこんなに進んでいる。
直後の様子は写真で紹介されているが、橋脚を除いて
かわいい駅舎もろとも流されてしまっている。
津波が来たときこの橋の上に作られていた駅に、
列車が停車中であったら…
橋の上を走行中だったら…それを考えるとゾッとする光景。
そして津波は駅舎のこの階段と
宮沢諭吉の碑を残して、周囲の繁華街をもすべて流してしまった。
ここを、三陸鉄道が走るようになったらまた来よう!
元通りの繁華街に戻るまでは、はてしない道のりかもしれないけど
この惨状を見た人間として、復活した姿も見ておきたい。
☆
道なりで、再びR45へ。
高台移転のために、急ピッチで山間部の造成が進んでいる。
そして過去の津波の教訓により、巨大な防波堤を作った田老地区。
たしかに今回、どこで見た防波堤よりも大きい。
ダムかと思うくらいだ。
が、その内側のこの国道沿いが、雑草の生えた空き地ばかりだ。
この巨大な堤防を越えるなんて…誰が想像しただろう?
この先、宮古市街に入るのだが、なんだか堪えきれなくなり
溢れるもので視界が悪く、ヘルメットも脱げないような
ぐちゃぐちゃで無様な顔で走り続けた。
☆
宮古からはR106で一路盛岡方面へ。
田老からずーっと走りっぱなしだったので
道の駅 やまびこ館で休憩。
天気予報では盛岡は午後から雨だという。
ならばなんとか午前中には高速に上がって
盛岡を脱出したい。
盛岡市内で高速道路に上がる前に給油。
さぁ!あとは一路
「地元にかえろう」
つづく。
よろしければポチッとしてもらえると、うれしいです( `・∀・´)ノ
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久慈駅近くのビジホに宿泊。
21時頃には寝てしまったせいで、翌日(10/8火曜日)は
3時頃に目が覚めてしまった。
カーテンを開けて外を見たら…
…当然真っ暗だわな…
せめて明るくなるまでは…と思い、
昨夜買っておいたパンを食べてゆっくり準備。
5:30頃チェックアウト。
☆
早朝の久慈駅。
そして駅に佇む三陸鉄道の車両。
これだけ記事書いておきながら、列車に関しては
やーっとこさの登場がこれだけ(笑)
そのくらい自分の記事に『鉄』要素は少なかったり。
はい!ここで本日のザックリとした予定。
久慈駅ターミナルを出発
三陸海岸沿いに、宮古まで南下(約100km)
宮古から盛岡南ICへ(約100km)
盛岡南ICから自宅へ(約850km)
これを走破して、翌日は朝から仕事だ (ぐはっ)
考えるとゾッとするんで、この時は意識して考えないようにしていたけど。
野田の海岸線沿いに出ると、本来R45からは
見えてはいけないはずの波打ち際が見える。
これが何を意味するかは、あえて書くまでも無いだろう。
RTのすぐ向こう側に、柵も踏み切りも無い線路は三陸鉄道 北リアス線。
ほとんど震災の爪あとの、実写描写の無かった『あまちゃん』でも
お座敷列車の車窓からほんの数秒出てきた、実際の爪あとだ。
その野田の美しい海岸線を見下ろせる場所。
新しい防波堤を作る工事も粛々と進んでいるようだ。
普段の海は、こんなにも穏やかなのにね。
海沿いの道は、ダンプも多く路面は砂が浮いているところが多い。
路面状況の判りにくい夜間の走行は、まだまだバイクでは危険だろう。
実際、RTのASCが働いた場面も数回あり。
前の記事でも訪れた、堀内駅近くの陸橋。
そしてしばらく走ると、三陸鉄道のポスターとかでも見かけるところ。
ポスターではこの橋の上に車両が写っている。
三陸鉄道って、こういった景色の良いところでは、
車両を一旦停車するサービスもしてるらしいよ。
☆
R45を普代まで来たら、内陸部を走るR45とは、いったんお別れ。
極力海岸線を走るために、K44へ。
これは普代水門といって、3.11の津波にも耐えたのだそうだ。
そこにあった石碑
このメッセージは、けっして津波に対してだけでは無いだろう。
普代水門を海側から。
そしてその先にひろがる、恐ろしいくらいに穏やかで美しい海岸線。
このあたりは、比較的津波被害も少なくすんだのかな…
すこしホッとした気持ちで、K44をひた走る。
かなりの快走路だ。
が、そのホッとしたような気持ちは
ほんの少し先に行くだけで、この歩道脇の柵のように
へし折られてしまった。
この写真を撮った位置から、はるか下に見える
壊れた防波堤が悲しい。
この防波堤も、実は『あまちゃん』のなかで
震災後にアキがバスで戻ってくるときの車窓から映る。
同じ場所から上り坂の前方を見ると、まだ先までなぎ倒された柵が…
海面からの高さを考えると…絶句。
TVニュースやYouTubeで、どれだけ見たってこのスケール感は解らない。
実際にその場に立ち、驚き、
当日、目の当たりにされた方の
恐怖たるや いかほどのものであったか。
☆
なんだか心の中に、ズドーンと重いものを感じながら先に進む。
軽い気持ちで海沿いを走ろうと思った自分を
恥じるような気持ちすら感じていた。
三陸鉄道のようだが、これは水門。
壊れた防波堤や、草の生い茂った空き地ばかりでもない。
下の写真は『あまちゃん』では震災直後、トンネル内で停車した列車から
外の様子を見に行った、大吉とユイが目の当たりにした場所。
『カルボナード島越駅』
すでに来年の開通に向けて、復旧がこんなに進んでいる。
直後の様子は写真で紹介されているが、橋脚を除いて
かわいい駅舎もろとも流されてしまっている。
津波が来たときこの橋の上に作られていた駅に、
列車が停車中であったら…
橋の上を走行中だったら…それを考えるとゾッとする光景。
そして津波は駅舎のこの階段と
宮沢諭吉の碑を残して、周囲の繁華街をもすべて流してしまった。
ここを、三陸鉄道が走るようになったらまた来よう!
元通りの繁華街に戻るまでは、はてしない道のりかもしれないけど
この惨状を見た人間として、復活した姿も見ておきたい。
☆
道なりで、再びR45へ。
高台移転のために、急ピッチで山間部の造成が進んでいる。
そして過去の津波の教訓により、巨大な防波堤を作った田老地区。
たしかに今回、どこで見た防波堤よりも大きい。
ダムかと思うくらいだ。
が、その内側のこの国道沿いが、雑草の生えた空き地ばかりだ。
この巨大な堤防を越えるなんて…誰が想像しただろう?
この先、宮古市街に入るのだが、なんだか堪えきれなくなり
溢れるもので視界が悪く、ヘルメットも脱げないような
ぐちゃぐちゃで無様な顔で走り続けた。
☆
宮古からはR106で一路盛岡方面へ。
田老からずーっと走りっぱなしだったので
道の駅 やまびこ館で休憩。
天気予報では盛岡は午後から雨だという。
ならばなんとか午前中には高速に上がって
盛岡を脱出したい。
盛岡市内で高速道路に上がる前に給油。
さぁ!あとは一路
「地元にかえろう」
つづく。
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私もちょこっとブログ書いたのですがR1200Rで
東北ツーを予定していました。
ひょんな事からGSXに乗り換えてしまい今年は断念。
来年は是非訪れたいところですね。
by cb750hide (2013-10-20 16:42)
>cb750hideさん
お返事が遅くなってしまってすみません。
RTの次はRにしようかと考えている当方ですが
やはり今回のような長距離ツーリングを想定すると
RTのツーリング性能に惚れ直しちゃいます。
ちなみにGSX-Rでの1日に走った最長記録(高速道路使わず)は
540kmです。
ヘロヘロになりました。
それに比べるとRTはその倍走っても、ほとんど疲れないですね。
東北、遠いけど大好きな場所です!ぜひ行ってみてください。
by たんたん (2013-10-21 23:52)
>YOHさん
>makimakiさん
>j-taroさん
>パグ太さん
>ゆきママさん
nice!ありがとうございます!
by たんたん (2013-10-22 11:24)